Ryota’s diary -日々のあわ-

不定期ですが、これから考えたこと、チャレンジを受けたこと、びびったこと、嬉しかったことなどの日々の出来事を書いていきます

男3人弾丸ツアーin石巻・女川・仙台

東日本大震災の被災地へ。

日曜日の夜に出発して火曜日の朝に帰宅するというハードスケジュールで仙台市、松島町、石巻市、女川町を回る予定です。

ハードスケジュールでもいいので、5年経った現在の被災地を観て、自分で感じて、どう思うか。

その自分を知りたかったんです。

ちなみに私は5年前の3.11の震災が起きてから1ヶ月以内には知人の紹介で女川町に行きボランティア活動をしました。

衛生面も酷いし、女川町は市場があった場所なので至るところに魚が散らばっていて悪臭が漂っていたのを覚えています。

毎日朝から晩まで、手の届かない方への物資の配給、まだ使える家高圧洗浄機での掃除、お昼には街の方々への炊き出しなど手伝いました。

本当に今までの人生でもないくらい全身全霊をかけて、命を削って活動しました。あの時の活動が今の自分の人生の生きる指針、スピリットになっていることは間違いありません。

5年前は日本全体が助け合い、支え合い、励まし合う雰囲気がありました。

今はどうでしょうか?

最近のニュースでは

『舛添都知事が公的な政治資金を私的に使っていたとして謝罪』

東京オリンピックで招致活動の際に2億2000万円をコンサル料として、招致委員会が海外のいかがわしいオリンピックマフィアに支払った』

『タレントのベッキーが不倫騒動後初めて、テレビに出て謝罪して泣いた』

など…支え合う、助け合う、励まし合うなどほぼ皆無なメディアの扱い。

震災が起きた時、みんな1日1日を生きるのに必死になった日々から、現在を比べてみてください。

もっともっと私たち必死にならないといけないと思います。

けど、現実は仕事、プライベートなど忙しさがあり難しい。だから今回弾丸ですが被災地をめぐって感じたかったのです。

もちろん、観光地めぐりではなく、被災地をめぐるということに出発前は躊躇もありました。

けど、本当に行ってよかったと思います。

ここからが本題です。東日本大震災被災地弾丸ツアー日記です。是非、さらっと見てください♪魂込めて書きました。

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10:00集合予定でしたが、3人とも忙しくてなんだかんだで11:00頃に新宿を出発

新宿西口からスタートしました。

SAで食料を調達。ヨシュアはビーフジャーキーが好きみたい(笑)

蓮田SAに到着ー!

蓮田SAで腹ごしらえ。ゲソうどん旨かった:-)ちなみにこの時は1:00頃です。みんな元気♪

それからのんびりドライブでみんなの近況報告をしたり、これからの未来について語ったり、好きなタイプの女性を語ったり、男3人でワイワイやってました。笑

しかし、2:30頃になるとまずは真さんが就寝。22:00前まで仕事をしていたのでむしろ休んで正解です。おやすみなさい。

自分も3:30頃に軽く寝るつもりが、ヨシュア

『この夜明け前の明るくなるコントラストがすきなんですよねー』

という粋な発言をしたので、なんか俺も夢中になっていきました。

時間が経つにつれて空が明るくなっていく感じは本当に綺麗で、目が覚めてしまうほどでした。

だから、ここまで来たら仙台で日の出を見ようと決意し急に爆走(笑)

4:30に仙台の港に着きましたが、曇っていて見れませんでした…(泣)

はい、作り笑顔です(笑)日の出見たかったー。

ってことで就寝。3時間ほど寝ました。

俺とヨシュア爆睡。写真は真さんです。いつ起きていたんだろう…。(ちなみに日の出の時にはまだ真さんは寝てました)

正面からも

8:30起床。朝風呂に入りたくて調べていたらなんと16日だとお風呂400円という場所を発見。今日はツイてるなぁと思いながら向かいました。

朝風呂♡

激安。助かった♪

すっきりしましたー!さてさて出発です☆

まずは松島町の方へ。

出発!天気も最高です☆

ヨシュアの運転最高です。

ここは野蒜地域

5年経った今もまだこんな住宅もちらほら

色々考えさせられます。

そして、今回の1番といってもいいくらいの目的は5年前にボランティア活動で携わった家への訪問です。

突然の訪問でしたが、なんと覚えていてくれました。しかも、自宅へと案内して下さり、あの時のこと、現在のこと、そしてこれからのことを丁寧に語ってくれました。

こういう人との繋がりに自分は幸せを感じます。今与えられている命を大切にすること。そして、その命を全身全霊で使っていくことを改めて実感しました。

ご馳走もして下さいました。もち米本当に美味かった!

素敵なお母さんと娘さんです(^^)

あちこちに「津波到達点」の表示があり、「こんな高い場所でも、この高さの津波が…」と、呆然としてしまいます。

車での移動中、カーナビが表示する道や建物と、目の前にある現実とが何度も食い違いました。カーナビに、震災前の町を案内されているようでした。

もう使用していない旧野蒜駅

真さんと2ショット♪

いい感じの3人。この近辺でボランティア活動をしていたので色々考えさせられます。

高圧洗浄機でレドロを取って綺麗にしたのに、結局無くなっていた家もたくさんありました。

 

この時間は良かった。頭の中が整理できました。

3.11の時の駅

5年前にお世話になった野蒜小学校。ここにも物資を配りました。本当にこんな感じでした。

そして、場所を変えて出来た新野蒜駅

外観もすごいきれいです。

その経緯や現在の状況など詳しく駅員さんが教えてくれました。

熱心に教えて下さったので記念に1枚撮ってもらいました。ありがとうございました。

色々なことがフラッシュバックして車内はこんな感じ。楽しいけど深い。そんな感情が溢れてきます。

そして石巻へ。

5年前、石巻駅付近の石巻教会に物資を置いていたりお世話になっていたので、挨拶に行こうとしていたら、なくなっていた。

けど、間違いなくここは石巻教会でした。残骸があります。

日和山公園から太平洋を臨みます。

なんか素敵な写真です。真さんカメラ似合う。

津波が来る前の写真

きた後の写真。家の量が圧倒的に違う。大分流されています。

記念に3人で撮りました。真さんはやはりインカメの取り方が上手い。

俺が撮るとこんな感じ…。

景色もダメだし、真さん髪の毛崩れるし、ヨシュアは…笑

もっと自撮り頑張ります。

車内は

「あーここで物資を届けた」

「ここのコンビニで○○買ったよねー」

とパズルが一つになるようにお互いの覚えている感覚を振り返っています。

そして、女川にきました。

ここは自分の人生で1番のターニングポイントの場所です。

1番高台にある地域医療センターから、町の中心を見下ろします。5年もここに来ました。5年ぶりです。

やはりいろんな感情が出てきます。

自分は生きていていいのか。

そもそも生きている?生かされている?

そんな感情が溢れてきました。

女川町地域医療センター

5年前のここの場所は流されたか、行方不明だった方々への伝言板だった。

↓5年前に自分が写メで撮りました。

たくさんの方々が怯えて、泣いて、喪失感が漂った空間だったのは今でも覚えています。

女川駅。凄いきれいになっています。

2階には温泉も。

3人は足湯で温まります。女川町意外と寒いっす。

3階には展望台。海が一望出来ます。

上から真さんを激写。イケメン。

展望台から見えた駅前のシーパルピア女川に来ました。なんか星野リゾートみたいな空間です。素敵。

花屋さんも素敵

コンビニ的なところでマグロが激安で焦る….

『新しいスタートが世界一生まれる町へ」

うん。

ここから俺もスタート。まだまだ人生これから。

あ、女川から帰る時に迷って山に登ってしまいました(笑)

ナビも載ってなく、電波が圏外だったので若干焦る。けど、大丈夫でした。(真さん 車酔いでダウンしましたが…)

仙台に着き、夕食を食べることに。

夜は予定していた牛タンではなく、海鮮が食べたくなりここへ。

16日は半額だったみたいでラッキー!(これは3000円が1500円です)朝風呂にしても、この店にしても今回の旅は本当ラッキーです。

蒸し牡蠣(美味い!!)

牡蠣(美味い!!)

帆立(美味い!!)

今回の旅のもう一つの目的はスマイル(金子恭大)に会うこと。

スマイルはボランティアを通して出会い、東京にも出てきて活動の幅を広げた友人です。

現在は結婚もして、しっかりしています。(22歳、この中では最年少)

昔話が止まりません。労苦を共にした仲間は一生の親友です。ここでも人との繋がりに感動しています。

自分が行動しなかったらここで再会することはなかった。行動するって大切です。

〆はスマイルがオススメする仙台にある油そば。死ぬほど食べて満腹になり東京に向かいます。

忙しい中、時間を割いて来てくれてありがとうスマイル♪また遊びに来るよ(^^)

そして、帰りの車ではほぼ無言。

一人一人が今回の旅で感じたことを自分の頭で整理していました。

 

この3人で旅が出来たことを改めて感謝します。本当にありがとうございました。

で、なんか頭の中が整理しきれないので文章にまとめてみます。

自分はもともと白黒はっきりすることが好きだった。スポーツだって勝ちか負けの2つしかない。勝負事は大好き。

しかし、勝ちよりも『あなた存在は素晴らしい』という価値にフォーカスを当てるようになったきっかけがこのボランティア活動。

多分大手の会社とかに勤めていたら、ある程度半強制的に「勤勉さ」を求められる場所にいて、そのなかで不条理な世界に揉まれながら、でもやめるわけにも行かず忍耐養っていくことで成長していったと思う。けど、

「白黒はっきりついてる人生なんてつまんない」

白黒はっきりつくのは、2次元的な世界。線で区切られる人生。グレーゾーンは、3次元的な立体の世界なんだろうなぁと勝手に妄想。

世の中の人々は何時から何時までどこどこに行って、こうしなさいって言われたことをすることや、決まった収入も入って、健全な関係も保たれて、みたいな「安定」をどこかで探してるのかもしれない。

でもそれはやっぱりつまらないなぁと思ってしまう。

いや、川口竜太らしくないなぁ。の方が正解かな。

グレーゾーンの正解がない世界で、こうかなぁ、いや、やっぱりこうかなぁって悩んで楽しんで苦しみの中、考えながら立方体を作り上げていく。そんな作業の方がワクワクする。

もちろん、楽しさだけではなく不安定なこともたくさんあると思う。

けどそんな生き方がいい。

「これとこれが「正しいこと」でこれとこれが「正しくないこと」だよ」

ってラインを引くのは、白黒はっきりつけること。

正直、提示された白を淡々と選んでいればいいんだから、言ってみれば楽な話。

でも難しいのは、そのシチュエーションによって白黒明確になっていないグレイゾーンでの「正しいこと」の選択。

そもそも人生なんて白黒はっきりしてないグレイゾーンばっかの世界なんだから、

結局提示されたものを完璧にこなすことよりも、考えて、考えて、考えぬいて、選択していく。

その力の方がずっとずっと大切だなぁって思う。

実際「正しいこと」「正しくないこと」なんて結構いい加減で、その時の状況によって変わったりする。被災地なんて特にそう。今を生きないと。

その時その時に、何が正しいかを自分で考え、選択する力。

それを5年前のボランティア活動で実践していたことを思い出し、だから自分の人生のターニングポイントになったんだなぁ改めてと確信した。そんな旅でした。

これこそが「生きる力」

決められたレールの人生から外れて自分で考えて考えて考えぬいて選択して今の自分がいる。

そうしたらレールなんてそもそもなかったんだよね。

今回の旅でそんなことを強く強く感じた。

けど、被災してる方々はいつもこのグレーゾーンの中で生きている。現在は熊本も。

だからこそ、与えられいる場所で自分も生かされている命を1日1日を大切に生きていこう。そう強く思う。

どんな長い年月だって、その最初は1日なんだから、まずは1日、きょう1日。

この1日から始めようと思います。

誠実さを、真摯さを。

小さくても正しい一歩を、この人生に。

地震にも動じない人生の土台が築けているように。